ニュース一覧

先輩に性的な行為を強要されました。

高校時代にかつて所属していた部活は男女混合の漫画研究部で、男性の先輩も何人かいました。その中で私と特に親しかったのは、絵がとても上手な1学年上の先輩と劇画タイプの絵が得意な1学年上の先輩の2名でした。その中で絵が上手な先輩の方はそこそこイケメンでしたが、噂では先輩や同級生と次々に付き合って肉体関係を持ちたがるという話がしきりに聞かれていたので、少し警戒していました。私が2年生でその先輩が3年生だったある時部室に行くとそこにはその先輩しかおらず、他の部員が来るまでしばらく2人で話をしていました。すると突然先輩が私の体をつかみ、制服を脱がそうとしました。確かに噂では誰もいない教室で性的な行為を誰かとしていたり、強要したりするということを聞いていたのですが、当時は地味で彼氏など全くいない状態だった私にまでそのようなことをするとは思えませんでした。あまりにも突然のことで最初は抵抗ができなかったのですが、ちょうどその時外から他の部員がやって来る音がしてきたのでそこで先輩は私の体を離してしまい、事なきを得ました。しかしその後ももし先輩と2人きりになったら、同じように性的な行為を強要されるのではないかと危機感を感じ、先輩が卒業するまでは部室に行くときは必ず同級生の誰かと一緒に行くようにしていました。

2016年12月19日

高校生の時の恐怖体験

高校生の時の話です。今でいうストーカー的な事がありました。
相手は、中学生。毎朝すれ違う男の子です。毎朝、ぶつかりそうになるのです。いつも相手が凄い勢いでやって来るのです。ただ単に慌てているだけだと思っていたのですがある日、後ろから友達が走ってきて、「大丈夫?どうしたん?」と、とても心配しているのです。「何で?」と、聞くとどうも例の男の子が私とすれ違った直後、カバンを置いてずっと私の真後ろをついて歩いていたのだそうです。私の友達が、走ってきてくれたので男の子は去っていったそうです。
それを聞いて、怖くなってしまいました。そして、次の日。また、その男の子が前からやってくるのです。どうしよう?と、恐怖で頭の中はパニック。それでも相手を刺激しないように平静を保ちます。
そして、またすれ違い、私は走って逃げました。そして後ろを振り向くとその子が真後ろにいるのです。
そして、ニヤッと笑って去っていきました。震えが止まらなくなってしまいました。
これほど恐ろしい体験はしたことがありません。あまりにも怖かったので遠回りになりましたが通学路を変えることにしました。それからは、その男の子と合うことは無くなりました。

2016年05月25日

大学入試での忘れ物でメンタルに危機が訪れました

志望していた大学の入試本番に時計を忘れてしまい、自分の間隔を頼りに問題を解いていきました。何か月も前から時間配分に気を付けようと学校の先生に言われていたので、自分が一定のペースで試験に臨めるペースというものを前から作っていました。

それを試験本番で活用する事が出来ず、己の力を信じて挑みました。時計を忘れたと気付いたのは大学の最寄り駅に着いた瞬間で、頭の中が真っ青になりました。安い腕時計をその場で買おうか考えましたが、高校生という事もあって財布の中身も最低限なものでした。

そのため、購入するという選択肢も消滅して、そのまま試験会場へ向かう事になりました。教室内に時計が付いているのを信じて入室しましたが、その希望も叶わず、壁には何も設置されていませんでした。高校3年生の一番大事なチャレンジに時間を把握する事が出来ないデメリットでメンタルも急降下したままでした。

しかし気持ちを切り替える事も大事だと思って、入試問題の傾向を確認して、冷静さを取り戻す努力を費やしました。その結果、普段と変わらない感覚でマークシートを埋めていく事が出来ましたし、自分なりに臨機応変に問題と対峙していく事が出来たように思います。忘れ物関連でこれ程までに危険な状況に陥ったのは初めてでした。

2015年11月26日

学校の通学路で不審者に遭遇した事件。

私は高校3年の夏に、不審者に遭遇しました。私の通っていた学校の近くは、不審者がよく現れる地域で有名でした。私はその日、寝坊をしてしまい学校に遅刻しそうだったので、いつも通らない道を通りました。その道は朝も人通りが少なく、静かな道です。急いで走っていると、一人の男性に声をかけられました。「道に迷っているので、案内してくれませんか」と言われました。私は困っている人を放っておけないので、一緒に地図を広げながら途中まで道を案内しました。そしてホテルの前まで着くと「お嬢さんを撮影したいからホテルに一緒に入ってくれませんか」と言われました。私はすぐに逃げようとしたのですが、腕をつかまれて、軽く殴られました。私は痛いと叫んだのですが、手を離してくれなくてジタバタしていると、運よく友達が通りかかって、その男の手を振り払ってくれました。そのまま友達と泣きながら学校にダッシュして、担任の先生に殴られたこともすべて正直に話しました。その男は逃走していて、名前を分からないままだったのですが、先生が警察に通報してくれました。これからは気をつけなさいと説教されました。危機一髪の出来事でした。もし友達が通りかかっていなかったらと思うと今でもゾッとします。

2016年11月15日

部活動の夏合宿を襲った脱水症状

私は高校時代にアメリカンフットボール部に所属していたのですが、夏休みになると学校所属の山間地にある合宿所に泊りがけでトレーニングに行くのが恒例になっていました。
顧問の先生お二人とOBの方たち10人ほどと高校1年2年生の現役部員50名ほどで、7泊ほどの日程でかなりのスパルタ練習が行われます。
先生方は体育の先生ですし、OBの方の中には大学や社会人での現役フットボーラーもいらっしゃいましたし、何よりも開業医をやってらっしゃる先輩も見学に来ていて学校側や父兄からも心配する声など全くなかったようです。

アメリカンフットボールというのは練習中は常にヘルメットをかぶった状態ですので
日射病の心配がそれほどないため、高校生の練習とはいえ炎天下でかなり激しい練習を行っていました。
朝、起床後には朝食前に5kmほど走り、午前と午後の練習をこなしたあと、夜はフットボールの理論に関して先輩方から講義を受けるという毎日でした。

アメフトの試合は基本的にどのような天候になっても続行されるので、雨でも練習を続けるのは普通なのですが
我々の合宿も4日目の午後から雨が降り始め、雨が降るとむしろ涼しくなるので気楽なモードが漂っていたくらいでした。
普段ですと女子マネージャーさんたちがスポーツドリンクの桶をこれでもかというくらい持ってくるのですが
その日は雨が降っていたため気温も低くむしろ、ずぶ濡れで寒いくらいでしたので水分を欲しがる部員もいませんでした。

そして3時間ほどの練習の終わり頃ダッシュをしている最中に私の意識は飛び
気付いたときは医務室のベッドの中に寝かされていて左手足の外側がやけにしびれているような状態でした。
私はそれほど重症ではなかったので起き上がり皆のところに行ってみると、私以外に何人かが倒れ一人は呼吸が乱れた状態で意識が戻らず搬送されたとのことでした。

後に私は大学に入って、そこの体育会でもアメリカンフットボールを選んだのですが
アメフトの競技や練習はほとんど肌が外気に接していないため気温が低い時は脱水症状に気が付かない場合が多く
雨が降っている時こそ大事故が起きやすいと知りました。
ナイロンのユニフォームが体に張り付いて皮膚呼吸がしづらい状態というのも危険だということですので、そういったスポーツを楽しんでいる若い方々には十分気をつけていただきたいと思います。

2016年08月25日

痴漢おじいさん

高校の頃、家の近くの家で全然散歩されず犬小屋の鎖に繋がれたままの犬がいました。
小屋の周りは糞だらけ、他人との交流がないから怯えて吠え放題のかわいそうなワンコ。
その家のお孫さんは小学校の後輩で、一緒に登校していたこともあって放っておけないと思い散歩の申し出にお邪魔しました。
「ワンコの散歩?それじゃ家に上がってジュース飲んでからでどうや?大岡越前もテレビでやってるから一緒に見よう」
とその家のおじいさんに言われたけれど、ワンコのために断る理由もないから仕方なく上がります。
しばらくジュースを飲みながらどうでもいい話をしていましたが、大岡越前の場面が白州に変わったときに急変。
「女子高ってどんなんや?」
自分は男女共学でしたので女子高に通っていた友達の話をすると、だんだんおじいさんの手が胸と尻に伸びてきます。
「若い子はええ、ハリがあってやわらかくて男とこんな風にしよんやろ?」
な感じの事を言いながら、さわさわと胸を触ってきました。
相手を興奮させてはいけない、拒否してはいけない、なんでもない感じで普通に対応しよう。
私はそう思い普通に会話し「ワンコの散歩に行くね」とサッサと立ち去ろうとすると、おじいさんは玄関にいる私へ向かって、こう言葉を投げつけてきました。
「ここに来たお前が悪い」
絶望しました。モノは言いようで、どこにも私に逃げ込む場はないと。
後で奥さんに訴えはしましたが旦那は常習犯だったっようで、軽く「ごめんね」と言われただけで終わりました。
最悪の時間でしたし、社会にとって女の立場が低すぎることを思い知らされた出来事でしたね。

2016年07月12日

ストレッチをしていたら、上からガラスが降ってきました。

私の中学校は、とても狭くて小さい中学校でした。
校舎はもちろん、校庭や体育館も狭くて、部活や体育の時間はかなり窮屈でした。
体育館の室内でするスポーツ系の部活は、バスケットボール部しかありませんでした。
普段は、男子バスケット部と女子バスケット部で体育館を占領して、練習をしていました。
ただ、雨の日は、ソフトボール部が外で練習ができないので体育館の一角でキャッチボールやバッティングの練習をしていました。
ある雨の日、ソフトボール部が体育館でキャッチボールの練習をしていて、私たちバスケットボール部は筋トレをしていました。
私が友人とペアを組んで腹筋や背筋などをしていると、何度かソフトボール部のキャッチボールの取り逃がしたボールが飛んできました。
危ないなと思いながらも、まさか当たるはずないと思い、そのまま筋トレを続けていました。
筋トレが終わり、ストレッチをしているとガッシャンとすごく大きな音がしました。
その音があった方を見ると割れたガラスが降ってきました。
ソフトボールが上部の窓ガラスに当たり、割れてしまったのです。
偶然フードを被っていたので、怪我はありませんでしたが、フードに割れた細かいガラスがたくさん刺さっていました。

2017年02月03日

私が、右手首骨折で味わった経験

現在、私は、43歳です
8歳になる小学校2年生の娘と5歳になる幼稚園年中の息子を子育て中の主婦です。
私が中学1年生の時の危険かつ痛い体験をお話ししたいと思います。

美術の時間でした。
生徒それぞれが、外に出て、学校内の好きな場所を選んで、写生するという授業でした。
私は、好きな場所で写生をしていましたが、途中で美術室に忘れ物をしたことに気づきました。
私は、走って美術室へ忘れ物を取りに行きました。
走っている途中で、仲のよい友達のケーちゃん(仮名)が遠くに見えました。
私は、「ケーちゃん」と手を振りながら、ケーちゃんの近くまで走って来ました。
私は、ケーちゃんの近くにくぼみがあることに気づかず、くぼみに足を引っかけて転びました。
私は、転んだ時、両方の手のひらで、走って勢いのある自分の体を必死に支えました。
自分の全体重が、自然と先にでた右手首にかかるかたちになってしまいました。
転んだ後は、私は、しばらくうつぶせの状態になっていて、動けないくらいの激痛が右手首におそいました。
一瞬私は、右手首の激痛で、何が起こったのか分からず、失神を起こす手前くらいの状態でした。
また、今までに経験したことのないほどの痛みでした。
私は、美術の先生に体を持ち上げてもらって、やっと起き上がることができました。
しだいに、右手首が腫れてきました。
放課後の部活動は、見学させてもらいました。
家に帰ってから、整骨院に行き、右手首のレントゲンを撮ってもらいました。
結果、骨折していることが分かりました。
私は、この時、骨折の痛みとは、失神しそうになるほどの激痛であることを学びました。
私は、右手首が治るまで、しばらくギブスをつけた右手をつるして学校へ行くことになりました。
しかし、右手が使えないのは、とても不便なことが分かりました。
字がかけない、食事が食べられない、運動ができないなどで、私は、すっかりやる気をなくしてしまいました。

今思い起こせば、右手首骨折という危険で痛い体験は、二度としたくないと思います。

2017年02月09日

実習中にあわや病死寸前!?

これは大学での実習中の話です。
実習で保育園に2週間行くことになりました。
2回目の実習ということで、気持ちに余裕がありとにかく楽しもう、という気持ちでこの実習に励みました。
朝は6時前に起きて、帰りは7時近く。それから日誌を2時間かけて書き、その他にも部分保育の指導案作成やお土産作りをしていると、どれだけ頑張っても寝る時間は0時を超えてしまいます。
起きている時は子どもと走り回って体力もぎりぎりの状態でした。
実習を無事に一週間乗り越え、あと残すところ2日という時でした。
朝起きると、激しい頭痛と吐き気、そして腹痛に悩まされました。
症状から、感染性胃腸炎かと思い、あと少しのところで病気にかかったかとショックでした。時期も2月で、子どもにもちらほら見えていたので感染しないよう心がけていたつもりでしたが、かかるものはかかるかと諦めて保育園と学校に休む連絡をしました。
もう1度布団に入って寝て、起きてみると更に病状が悪化していました。
さすがに辛すぎて急いで母に連れられ、診察を受けたところ、この病気は感染性胃腸炎ではなくなんと髄膜炎でした。しかも、もう少し病院に来るのが遅かったら助からなかったかもしれないとも伝えられ、想像もしていなかった結果に言葉を失いました。
即入院をし、1ヶ月はその味の薄い病院食に文句を言いつつ病気を治すことに専念しました。
無事退院をし、生きてもう1度学校に通うことが出来、友だちも完治したことに喜んで迎えてくれました。
もしも、あのまま死んでしまっていたら…。
学生の間にまさかこんな目にあうとは思わず、今でも思い出す度にぞっとします。
生きていてよかった。
生きていることに毎日感謝して、今は卒業までの単位を気にしつつ過ごしています。
しかし、入院をしてしまい、行かれなかった3日分の実習を半年後にその3日間だけ行うのはもう気まずいので、これからの実習は体調管理第1で頑張っていこうと思います。

2016年12月28日

トラウマである組体操

私は、学生時代比較的背が低く、体重も軽い方でした。
高3の時に、体育の授業で組体操をすることになりました。
最初から、組体操にはあまり良いイメージはありませんでした。
危険なものだと思っていました。
実際に授業をしてみると、最初は2人組や3人組などあまり高さがなかったり難しい組体操はありませんでした。
ですが、最終的にはタワーのようなものを作ることになってしまいました。
周りのみんなが、ガタイが良く下の土台が決まっていきました。
上に乗るのは怖いから嫌だなと思っていました。
ですが、私は高いところが苦手なのに案の定周りより軽いため上の方に乗ることになってしまいました。
初めてやりましたが、人の背中の上はバランスが悪く、すぐに落ちそうになってしまいました。
最初はタワーではなく低いところから乗る練習を初めました。
その時点で、私は危険を感じました。
正直落ちる気しかしませんでした。
体育は好きだったのですが、こんな危険な目にあわなければならないなら体育を休みたいと思いました。
嫌でしたが、練習をして遂に結構な高さまで上がりました。
そして、バランスが崩れて落ちてしまいました。
本当に怖かったです。
怪我をしなくて良かったですが、その時から組体操はトラウマとなってしまい、もう絶対やりたくないとおもいます。
もう、あんな危険な目にはあいたくないと思いました。

2015年12月29日

初カツアゲ未遂

中学生の時のことです。とても田舎に住んでいて大きな町まで電車はなくバスで1時間半はかかるようなところに住んでいました。
ショッピングと言えば両親に車で連れっててもらうのがもっぱらだったのですが、初めて友達仲良し4人組で街に買い物に行こうという計画があり
それはもうウキウキで楽しみでした。当日バスに乗り1時間半かけて大きなデパートなどがある街に付きそれはもう嬉しくて女子4人ですしキャッキャッいいながら多少大きな声も出ていたんだと思います。
次のお店まで行く道中、〇〇ちゃん(友達の名前)が呼ばれ振り返ると全く知らない男の人二人が立っていました。
友達と知らない人だし無視しようよと速足で歩き出すともう一度名前を呼ばれお母さんの知り合いだからちょっと来てよと路地の方に連れていかれ
ちょっとお金かしてくれない?あとでお母さんに返しておくしと言われその子がお財布をだそうとしたときにちょうど通りがかった近所のおじさんが助けてくれ
お金は取られずにすみました。
今思えばみんなで大きな声で名前を呼び合っていたり明らかに田舎者だったのがバレバレだったんだと思います。
あの時おじさんが通りがからなければお金は取られていただろうし着いていくこともとても軽率だったなと反省しています。

2016年10月18日

授業中に手のひらが切れた話…

私が中学2年生の時の話です。
その頃は中学2年生という人生の中で最も果敢な時期とも言えますし、思春期真っ只中の頃でした。
周りの友達は高校受験のために必死に勉強したり部活で成績を残すため闘志に燃えたり…
もちろん好きな人が出来たり彼氏や彼女が出来るなど恋愛に対しての意識も高くなる人が続出していました。
私もその中に該当するごくごく普通の男の子でした。
私の中学生時代はどちらかというとモテていた方だと我ながら思います。
そのせいか周りからは度々「女たらし」や「切り替えが早い」などいろいろな噂話などレッテルなどが貼られていました…
そんな私に中学2年の春頃に今まで付き合ってきた女の子の中で上位に入るぐらい思い出に残っている女の子と両想いになり付き合うことになりました。
付き合いたての頃はなにもかも充実していていろんな場所へデートに一緒に出かけたりとても楽しかった日々でした。
しかしある日の授業中事件が起こったのです。
その彼女の家はとてもとても厳しい家庭でテストの点が悪いとなにかしら罰があったみたいらしいです。
そしてテスト返却をする授業中にその彼女はテストの点数が悪かったのかなんと自虐的になってしまい、なにを始めるかと思えばカッターを取り出して腕や太ももなどを浅く切りつけ始めたのです。
たまたま席替えで私の席がその彼女の前になっていてその行為に気づいた私はなんとかその行為を止めようと最初は口頭で説得していました。
このようなおかしな行為に先生はテスト返却などで気づいていません…
それでもやめない彼女に私はやばいと思い、ガッと彼女の持っているカッターの刃の方を左手で握り止めようとしました。
すかさず彼女もやめて!と抵抗します。
そして彼女はカッターを握っている手を思い切り振り払いました。
その瞬間私も左手の手のひらは赤い血で真っ赤になりました。
一瞬の出来事で私はぼーっとしてしまいました。
このことに気づいた私の前の席の子が私を介抱し、保健室に連れてくれました。
私は学校からタクシーで病院に行き手のひらを縫うというプチプチ手術をし、ことを終えました。
この事件の後、私と彼女は学校の先生たちによる生活指導(呼び出しされて説教される)を受け、このことがきっかけで彼女とお別れしました。
これが私の思い出の中にある怖いお話でした。
くれぐれも重い女の子にはご注意を…。

2016年03月09日

サークルの合宿で救急搬送

学内サークルで、蔵王のコテージにて合宿をしたときのことです。当然ながら、夜は毎晩酒盛りです。今と違いまだ一気飲みが盛んだった頃で、皆ハイテンションでコールを掛け合い、激しい一気飲みを行っていました。男子も女子も酔いつぶれるのが当たり前、飲めなくなった者はコテージにごろごろ転がって朝になるのを待っていました。ところが私は全くお酒が飲めず、最初はノンアルドリンクを飲みながらテンションを合わせていたのですが、毎晩の酒盛りが続く中でどうも断りづらい雰囲気になってきました。断っても無理矢理お酒のコップを飲まされそうになるにつれて、なんだか怖くなってきてもいました。そのとき同期の男子A君が、俺が代わりに飲むよ、と私がお酌で受けた分を全部飲んでくれたんです。同情コールか何かがかかり、彼は相当のお酒を飲まされていました。危険な目にあったのは、その日の明け方です。酔っぱらったまま隣に寝転がっていたA君が、突然寝たまま嘔吐したのです。口から噴水のように吐き出したのに、体は動かないまま。揺さぶっても大声で呼んでも反応がなく、顔面は蒼白です。私も酔っぱらっていた皆も、かなりヤバイ状況だということは分かりました。部長が救急車を呼び、A君は搬送されていきました。コテージに残った私は、自分のせいなのだと思うと怖くて冷や汗が止まらなくって、周りの声が聞こえなかったほどです。結局、点滴で目が覚めA君は無事だったのですが、あんなにお酒が恐ろしかったことはありません。もしA君が代わりにならず、自分が飲んでいたら生きていただろうかという恐ろしさと、もしA君の身に取り返しがつかないことが起きていたら、自分たち皆はどうなっていただろうという、二重の恐ろしさがありました。あのときは神様が味方してくれましたが、当時の自分が、非常に危険な状態に立っていたことを思い出すと、今でもお酒の場が怖くなることがあるほどです。

2017年02月08日

夜の道場

中学時代、剣道部に所属していました。小学校からの経験者でもあったので、一年生の頃から唯一団体戦にも出場する等、結構活躍していました。
3年生が夏の大会で引退した後、そのままレギュラーを続け2年生の先輩を押しのけて個人戦にも出場する様になっていました。
そんな感じで2年生と1年生だけで部活をしている冬にその事件は起きました。部活はいつも授業終了後から2時間程で終了して、そのまま着替えて帰宅するのですが、その日は何故か先輩が練習終了後、男子は全員着替えをせずにそのまま居残りというのです。これまでそんなことは一度もなく、冬なのでもう日が暮れて辺りは真っ暗でした。
これまでいじめも無く過ごしていたつもりでしたが、もしかして先輩を押しのけてレギュラーになっている1年生を同級生の前でボコボコにするきでは!とブルブル震えていたところ、女子部員が全員は帰ったのを確認した先輩が、1年生は全員2年生と反対側の壁に一列に並べというのです。
こうして、道場の端と端で1年生と2年生が向かい合う形で微妙な雰囲気が流れた時、入口近くの先輩が急に電気を消したのです。ここで恐怖のどん底に落ちたのが第一の修羅場。
外は真っ暗でしたので、その瞬間道場も真っ暗になり、1年生は全員パニックです。その時逃げようにも出口は抑えられているので、どうすることも出来ずに立ちすくんでいたところ、自分の顔面めがけて何かが飛んできて、顔面にクリーンヒットです。
そうです、先輩は剣道部恒例の枕投げならぬ籠手投げ大会を始めたのです。女子部員は恒例なので、ほどほどにと先輩に言って先に帰ったのでした。
状況がわかればこちらも投げれるものは全て投げましたが、暗闇で全くヒットせず1年生の完全敗北で終わりました。終わった後最初のビビりはなくなり、それまで以上に先輩と仲良くなるほど楽しかったですが、今思うと失明していてもおかしくなかったと思い出している今が第二の修羅場。
翌年も今度は我々が先輩として籠手投げ仕掛けましたが、結果は聞かないで下さい・・・。

2017年02月12日

自転車に乗った痴漢男

夕方学校の帰り道、歩いていると後ろから自転車に乗った男が追い越しざまに胸からおしりを撫でるように触って去って行きました。
悲鳴をあげると、近くの食堂から何人か人が出てきて話を聞いてくれて、警察を呼んでくれました。
数日後、警察から電話がかかってきて犯人らしき人が捕まったから確認してほしいと言われました。
出向いて5枚ほど写真を見せられました。
それぞれ違う人物の写真でどれが犯人か聞かれました。追い越しざまだったので私は後ろ姿しか見ていませんでしたが、
体格がよく短髪なのでこの人かな…と一枚の写真を指を差したら、警察の方が、
「この人が捕まりました」と言いました?
私に痴漢をした後、別の人を押し倒して捕まったそうです。それが私だったら…と考え背筋が凍る思いでした。
数日後、弁護士を名乗る人から電話がかかってきました。それは痴漢行為の示談交渉の件でした。示談金10万円と言われましたが、
このような行為をお金で解決するなんて不快、かつ憤りを感じました。また仕事に就いていない実家暮らしだと警察の方が言っていたので、親が弁護士をつけて息子の罪をお金で解決しようとしているのかと思いました。お金でなかった事にすれば、この男はまた同じ事を繰り返すだろうと思います。私と同じように恐ろしい思いをする女性を思うとこの男はきちんと社会的制裁を受け、反省すべきだと思いもちろん即断りました。

2016年07月06日

危険な道案内

私が中学時代の話です。
私の家から学校までは、歩いて40分ほどかかりました。
友達の中でも一番遠くて、毎日みんなの家を周りながらうちに帰るような感じでした。
運動部に入っていたため、帰宅は19時ごろ。
その頃はまだ携帯が普及してなくて、ポケベルを数人持っている程度で、私はポケベルすら持っていませんでした。
中学三年のある日の帰り道、家の近くまで一緒の友達がまたまた風邪でお休みだった日、一人になった私に男の人が声をかけてきました。
『○○駅はどっちですか?』
あまり道を聞かれたことがなかったので、たどたどしくですが道を教えました。
『そうですか、教えてくれてありがとう』
と言われ、『いいえ』と頭をさげ帰ろうとすると、
『いつもこの時間に通るよね?』
と言われ、『えっ?!』ビックリして鳥肌が立ち、恐くて動けなくなりました。
(この人なんで知ってるの?)
続けて
『友達は休み?一人だから声かけてみたんだ。』
と腕を掴まれました。
恐くて震えながら『やめてください』といったのですが、『なんで?なんで?話そうよ』とぐいぐい道の端に引っ張られました。
その時ちょうど近所のおばさんが通りかかって『○○ちゃん、どうしたの?』といってくれたんです。
そしたら、その男の人は猛スピードで逃げて行きました。
本当に恐くて、腕を離されたとたん腰が抜けて座り込んでしまいました。
おばさんに家まで送ってもらい、母にも話してもらい、警察にも届けましたが被害がないため、うちの周りを重点的に1ヶ月ほど巡回してもらっただけでした。
そのことがあってから毎日違う道で帰るようにしたり、母に迎えに来てもらったりしました。
あの時は近所のおばさんが通りかからなかったらと思うとゾッとします。

2017年02月12日

ストーカーというrisk

大学時代、実家を離れて一人暮らしをしていた私は、ある日の夕暮れ時、帰宅途中に人が背後に迫る気配を感じました。
人気もなく、暗くなりかけた時間帯だったので、怖いと思い、早く家に避難しようと急ぎ足で家まで向かいました。すると、その背後にいたと思われる男が、私を追い越して行ったので、「あ、私の思い過ごしか。」と思い特に気にせず家に向かいました。
少しして、自宅のアパートの入り口までたどり着き、玄関の入口で鍵をカバンの中から取り出そうとしていたところ、恐怖の出来事が起こりました。なんと、先ほど追い越して行った男がアパートの影に隠れて、私のすぐ近くに潜んでいるのが見えたのです。
恐怖で身体を強張らせながらも「なんですか?」とその男に向かって言いましたが、少し身体を私から見えない位置に移動させる程度でその場から離れようとしません。
私の家の入口は、奥まったところにあり、逃げ道がない状態だったため、「これはもう家に入るしかない」と思い、急いで鍵を開け、家に入りました。
すごく怖かったですが、家の中に逃げ込んだ後は特に何もされなかったので、「気味が悪かったな…」と思う程度で、その後もその家でいつもの生活を送っていました。

しかし、それから3週間程したある日の夕方、バイトに行こうと自分の家の玄関のドアを開けた瞬間、思わぬ出来事が起きました。なんと、3週間前のあの男が目の前に立っていたのです。
怖くてすぐに玄関のドアを閉め、鍵をかけましたが、その男は玄関のドアを何回もドンドンと強く叩き続けてきました。しばらくするとその音は鳴り止みましたが、恐怖でその家に居続けることができず、結局引っ越すことになったのです。
引っ越し後は、その恐怖から解放されましたが、あのままあの家に住み続けていたら、あの男がやってきていたかもしれないと思うと、背筋が凍る思いがします。

2016年12月06日

寝ている間に

大学生の頃、友人の運転で遠くへドライブしようとなり、朝から出掛けました。
行きはわたしもずっと起きて友人と話し込んでいたのですが、帰りは助手席でいつの間にか寝てしまいました。
友人に起こされ、辺りを見渡すと全く知らない場所。
言われるがまま車を降り、友人と歩いているとなんとも不気味なところへ。
田舎なので、辺り一面田んぼなのですが、田んぼの中にぽつんと小さな森が。
友人に手を引かれ、共に森の中へ入ったのですが、中心にお墓のようなものが建てられており、「これなに?」と言いかけたところで、友人に「走れ!早く出て!」と言われたので猛ダッシュで森を抜け車に戻りました。
後で聞くと、その森は有名な心霊スポットで、霊感のある友人はわたしを驚かしてやろう、という気持ちで連れて行ったとのこと。しかし、霊がわたしを睨みつけ遅いかかろうとしていたので、走れと言ったとのことでした。
わたしは霊感は全くないですが、心霊スポットや心霊話というのはとても苦手で、そういう話題はずっと避け続けていました。
帰宅後、なんだか気持ちが悪いなあと思いながらも疲れていたのかすぐに寝てしまいました。
朝起きると、両腕に数えきれない程の細かい切り傷のようなものがびっしり。
わたしは怖くなり、両親に昨日の出来事を話し、お寺に相談に行くと、やはり霊が憑いているとのことでお祓いをして頂きました。
それ以来、今まで以上に心霊スポットを避け、助手席でも眠ることをやめました。

2016年12月19日